我々はおろか子々孫々まで謝罪を繰り返して行くことになりかねないのだ。
これまで南京事件に関して幾多の論戦を展開して来ているが、どの証言を見ても確たるものは存在しない
のが現状だ(どの論説にも反対論が存在し、なおかつ日中間の政治的思惑が絡んでと思われる記実やプロパガンダ的な要素が見て取れる)例えばウィキペディア引用のこの記実(30万人虐殺説)
主に中国側論者の見解である。代表的な論者は、アイリス・チャン(ジャーナリスト)、孫宅巍(江蘇省社会科学院研究員)、高興祖(南京大学教授)などがおり、中国共産党政府、南京大虐殺紀念館、また中華民国の国軍歴史文物館[3]も同様の見解をもっている。ちなみに、孫宅巍は30万人以上とする推計のうち、南京防衛軍の総数を十万余としている[4][5]。なお、1976年、サンケイ新聞で連載中だった『蒋介石秘録』には、30万〜40万と記された[6]。ただし、これらの数字には、いずれも科学的根拠が一切なく、日本側の学者からは支持されていない[7]。
2010年1月に日中歴史共同研究の報告書が公表された際、中国メディアは中国共産党宣伝部の指示により、20万人を上限とする日本側研究者の見解を報道しなかった[8]。
これに対して虐殺捏造説をウィキペディアで見てみようベイツは蒋介石率いる支那国民党の顧問で国民党の戦略は例え虚偽を用いてでも「支那の悲惨」と「日本軍の残虐」を世界中に訴えてアメリカを味方につけて支那事変に巻き込み日本を叩き潰すようにする事であってベイツはこの国民党の戦略に沿い日本軍の残虐行為という政治的謀略宣伝を世界に発信したのである。もちろんこの論説もベイツ自身の証言ではない限り捏造説の根拠としてゆるぎないものとは言い難い。つまりウィキペディアの期日だけでは南京事件で大虐殺があったかどうかははっきり言って判断できかねないのだ。よって、今回は当時中立的立場である外国人記者の証言を中心に南京事件の真相は紐解く鍵をウィキペディアから引用して探して行こうと思う。
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